AV界の巨匠、代々木忠監督吠える「今は心と本能をおろそかにしている時代」

インターネットはアダルトビデオの世界にも少なからぬ影響を与えているように見える。AV界をけん引してきた代々木監督には、業界を取り巻く今の環境はどう映っているのか?(この記事は2010年にエロスな事件簿に掲載されたものです)

代々木忠監督――監督はブログで裏動画サイトについて取り上げていますね。
僕は警察に対してちょっと不満があるのです。裏動画サイトが僕たちの作品に影響を与えているのかと言えば、ファンがまったく違うし、そういうことはないですね。ただ、業界全体が一方でモザイクを入れて自主規制をしているのに、片方は規制もなくモザイクも何も入っていない。モザイクを入れて自主規制をしている方は、摘発を受けて公判中ですよ。一方で海外にサーバーを置いてあるというだけで裏動画サイトはお咎めなし、こんなおかしなことはないでしょ。

――2008年にビデオ制作会社の役員らが摘発されました。
この時、日本ビデオ倫理協会の審査員も摘発されたわけです。それでビデ倫は崩壊してしまった。第3者機関として30年間も育んできたものを飛ばしちゃった。警察は大変なことをやったわけだ。一方で、ノーガードでもろ見えの映像がだれでも見える状態にあるわけですよ。どうなっているのお巡りさんということですよ。

――確かにすごい動画がインターネットには流れています。
問題なのは、野放しになっている裏動画ビデオを見た若者がそれをセックスだと思ってしまうことですよ。私たちは社会への影響も考えて制作している。それは当然の務めなのです。でも、法の目をかいくぐって海外にサーバーを置いて作っている裏動画サイトはそういう配慮はなにもないでしょ。過激な映像を作ってお金とって野放し状態ですよ。ここにすごく違和感と憤りを感じる。

――若い人のセックスに与える影響は大きい? 
セックスは心と心のひだの絡み合いなんです。でも、今は抱き合っても目も見ない。かつては「まぐわう」と言ったわけじゃないですか。それも死語になっている。今は思考だけでセックスしているのですね。心と本能をおろそかにしている。カァーと感情を伴った欲情とかね、この人をこうしたいとか。そういう本能でセックスしていないんだね。すべて頭でコントロールしている。心が一番大事なんだよ。心をみんな押さえて閉じ込めているから苦しいんですよ。自殺者も増える。切れて他人を殺す。引きこもりになるんですよ。

――心が失われている時代ですね。
日本人は感情というものをすごく大事にしてきた。だから、逆にドロドロしたものもあった。そこは一番人間の人間たるところだから。僕は、感情は魂とつながっていると思っている。作品作りはその人の心、性もその人の心が表れているものでしょ。僕らはそういうふうに初期の頃から作品を作ってきた。そうするとその娘は心を開いて淫乱になってくれて愛になった。そして、すごい感動的な場面が撮れるわけですよ。

――性を通して心を見せていたのですね。
はたから見ている連中はああいうふうに作ればいいんだと、形だけを作るのが今のビデオだから。でも、そんな作品でも初めてビデオを見る若い人には衝撃的ですよ。だってオチンチンぶっ勃てて、オマンコ汁垂らしているのをアップで見れば、すごいなぁって。だから、一番怖いのが若い人がそれをセックスだと思ってしまうことですね。このままいくと民族劣化が避けられないと真剣に思う。今の社会は僕たちの世代から見たら人の心をなくしている。恥じる心がない。日本人が一番誇りにしてきたものをどんどん失っている。いくら経済がどうのこうのと言っても、そんな問題じゃない。人間でしょ、支えているのは。つきつめればそれはやっぱり性なんだよ。食と性は人間の種を守る上で一番根源的な部分ではないですか。

――製作者の責任も大きいですね。
食は開花しました。でも性は見せ物になっている。だから荒廃の一途をたどるし、民族劣化につながる。心と心のつながりを大事にしたセックスを求めていかないと。そういう立ち位置で物を作らなければ日本はおかしくなるよ。昔のアダルトビデオと違って今はメジャーになっているんだから。社会に与える影響は大きいわけですから。そのことが自覚できないメーカーは消えていくべきだと思うね。

代々木忠】1938年福岡県生まれ。1972年「ある少女の手記・快感」で監督デビュー。1981年にピンク映画からAV界へ転身しアテナ映像を設立。同年「愛染恭子の淫欲のうずき」を、ビデオ撮り初作品として発売する。「サイコ催眠エクスタシー」、「いんらんパフォーマンス」、「ザ・面接」、近年では「女が淫らになるテープ」など、話題作を多数発売。演技を超えた真実の性を求め、素人を起用することにこだわる姿勢と、心の奥底まで写し取るドキュメンタリー手法でSEXの新しい可能性を切り開いてきた。